女子栄養大学を飛び出し、世界でプロフェッショナルとして活躍する卒業生をレポートするこのシリーズ。本日は独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)の海外協力隊(管理栄養士)としてボリビアに派遣された種瀬 柚季さん(実践栄養学科を経て、栄養学専攻修士課程卒業)をご紹介します。学部や大学院で学んだ知識や技術を活かし、管理栄養士として大活躍しています。
夜間学校の生徒にワークショップを実施した後,配属先が管轄しているフロリダ群庁のコーディネーターと共に(左が種瀬さん)
Q:現在のお仕事(業務内容)について教えてください。
私は現在、フロリダ郡(任地先のサマイパタ市を含む4市)の保健センターを統括する地域保健事務所(郡レベルで保健サービス・情報の管理・調整を担う機関)に配属されています。ここでは、各保健センターのワクチン管理、患者数などの統計データの集計、市場の衛生管理、保健関係者への研修等の業務が行われています。
ただ、私自身の現在の活動はこの配属先で行うのではなく、各保健センターや学校等の現場が主なフィールドです。任地では「肥満者が多い」ことが課題として認識されており、その改善を目的とした複数の活動を進めています。具体的には、保健センターの医師や看護師と共に各学校を訪問し、児童の身長・体重測定、食知識に関する簡易アンケートの実施、市場や学校における食環境整備、幼児や児童・生徒への食育、地域住民への栄養教育、患者への個別栄養相談等、多岐にわたる活動を展開しています。
現在、特に重点をおいているのが小学校における取組です。学校には「KIOSKO(キオスコ)」と呼ばれる売店があり、お菓子や甘味飲料が日常的に販売されています。多くの児童が休み時間に購入し、時に授業中にもお菓子を食べているのが現状です。こうした食環境を改善し、子ども達が基礎的な栄養知識を身に付け、健康的な食品を選択できることを、この活動の最終的な目標としています。そのためにまず、保健センターの方達と各校の児童の身長・体重測定を実施しています。日本では年に一度、学校で健診がありますが、ボリビアにはそれに該当する仕組みがありません。子ども達の健康状態、特に肥満の実態を把握することが目的です。
今後は、得られたデータを活用し、保護者や教職員、KIOSKOの販売者向けの講習を開催する予定です。そして、KIOSKOの販売品目の改善や、子ども達への体系的な栄養教育の実施につなげていきたいと考えています。
Q:現在勤務している国や都市について簡単に紹介してください。
ボリビアは南アメリカ内陸部に位置する多民族国家で、公用語はスペイン語を含む36の言語があります。首都は憲法上スクレですが、政府機関の多くはラパスにあります。人口は約1,200万人、国土面積は約110万k㎡(日本の約3倍)で、標高の高いアンデス山脈地帯から熱帯のアマゾン地域まで多様な自然環境と文化を有していることが特徴です。
任地であるサマイパタ市は、ボリビア東部のサンタクルス県にある小さな山間の市で、標高約1,650mのところに位置しています。名前はボリビアの公用語の一つであるケチュア語で「休む場所」を意味し、その名の通り、穏やかな気候と豊かな自然環境が魅力です。また、世界遺産をはじめとする観光資源に恵まれており、果物や野菜、ワイン、コーヒーなどの農業も盛んです。国内外からの移住者も多く、国際的な雰囲気をもつ地域です。
Q:なぜJICA海外協力隊に入ろうと思ったのですか?
JICA海外協力隊は日本政府の政府開発援助(ODA)予算により、JICAが実施するボランティア事業です。開発途上国からの要請(ニーズ)に基づき、それに見合った技術・知識・経験をもち、「開発途上国の人々のために活かしたい」と望む方を募集し、選考、訓練を経て派遣されます。JICA海外協力隊は事業発足から今年で60年目という長い歴史をもち、これまでに99か国、累計約5万7,000人が参加しています。派遣期間は原則2年間ですが、1カ月から参加できる短期派遣制度もあります。
私は以前から漠然と、将来的には海外、特に開発途上国において、地域住民の健康維持・増進に将来的に貢献したいという想いを抱いていました。そのような中、大学の授業やゼミ活動で、JICA海外協力隊として活動している栄大の先輩の存在を知り、また、開発途上国における深刻な栄養不良の実態に触れたことが、活動参加へのきっかけとなりました。
マイラナ市(任地先の隣の市)のサッカークラブの児童に対して,食事バランスガイドの説明をしている様子。
Q:女子栄養大学にいた時はどんな学生でしたか?学生時代の夢や、栄大入学の動機などに触れて記載ください。
子どもの頃からスポーツと食べる事が好きだった私は、小学生の時の「職業探し」の授業で、栄養士である母が「スポーツ栄養士」という職業を見つけてくれたことをきっかけに、将来はスポーツ選手を栄養面からサポートする仕事に就きたいと思うようになりました。
女子栄養大学短期大学部(以下、短大)、女子栄養大学への進学は、実は大学受験に失敗したことがきっかけでした。ただ、短大での学びを通して、管理栄養士の国家資格の受験資格が取得できる大学への推薦制度があることを知り、再スタートの場として入学を決めました。
実際に入学してみると、栄養に関する知識や技術を学ぶための環境やプログラムが整っており、管理栄養士を目指すうえでも、また社会人としての基礎を築く場としても、とてもよい学びの場だったと感じています。勉学を進める中で、自分が本当にやりたいことにも出会うことが出来ました。
学生時代の私は、決して優秀な生徒ではなく、授業で積極的に発言するようなタイプでもありませんでした。大学で授業を受け、終わった後にはアルバイトをするという日々を過ごしていましたが、一方で、自分で立てた目標に向かってコツコツと努力すること、興味のある分野にはとことん打ち込んでいたように思います。決して要領が良い方ではないので、勉強と遊びのバランスに悩むこともありました。今振り返れば、もう少し効率的に勉強し、プライベートの時間を増やせばよかったなと思うこともあります。
Q: 海外で働くことと、日本で働くことの違いを教えてください。仕事のやりがい、などにも触れてください。
現在私は、大学院修了後にJICA海外協力隊に参加し、ボリビアで活動を始めて7カ月ほどになります。日本での勤務経験はありませんので、あくまで個人的な視点にはなりますが、海外で働くことの特徴を感じる機会は多くあります。
最も大きな違いの一つは、「時間」に対する感覚です。会議の開始が1時間以上遅れる、事前に交わした約束が忘れられているといったことは、こちらでは日常茶飯事です。こうした状況に、ボリビア人は誰も怒らず、むしろ「ボリビア時間だからしょうがない」といった感じです。予定通り進むことの方が珍しく、常に臨機応変な対応が求められます。活動開始当初は戸惑いの連続でしたが、こうした状況に少しずつ慣れる中で、柔軟さや寛容さが自分の中に育っているのを感じます。
もう一つの違いは、「伝え方」です。知識レベルや文化的背景が異なる中では、ただ意見を訴えるだけでなく、なぜそう考えるのかという思考のプロセスごとに共有する必要があります。特に私の活動地域には栄養士がいないため、専門的な内容が理解されにくく、共感を得ることも簡単ではありません。まだ拙いスペイン語ではありますが、伝える前に紙に書き出し、言葉の選び方や構成を工夫するよう心がけています。 一方で、海外で働く魅力ややりがいも感じています。現在の活動地域では、専門職が少ないこともあり、自分の考えや提案を自由に形にできるチャンスが多くあります。何もないところに道をつくっていける、そんな実感を得られる環境です。もちろん、言語の壁や協力者を集める苦労はありますが、それを乗り越え、自分の提案に現地の人が共感してくれた時や、感謝の言葉をもらえた時には、異国という不利な状況だからこそ、より強く、深い喜びや達成感を感じます。
まだ経験は浅いですが、海外でのやりがいは、正解を求めることではなく、現地の人々と関わりながら課題を見つけ、その課題解決のための行動に移していくプロセスそのものにあると思います。
Q: 最後に栄大の後輩へのメッセージをお願いします。
管理栄養士・栄養士としての専門性を活かし、海外で活動できることを知り、自分の興味関心のままに、JICA海外協力隊に飛び込みました。管理栄養士・栄養士の活躍の場は多岐にわたります。今は情報が溢れていて、何を選択すべきか迷うことも多いと思います。ただ、まずは自分から情報をとりに行き、実際に行動してみないと、何も変わりません。頭で考えるだけでなく、気になることがあれば、とにかくチャレンジしてみてください。
栄大生は授業多く大変だと思いますが、大学生活は勉強だけでなく、沢山遊び、色んな経験を積める貴重な時間でもあります。
ぜひ学びも遊びも思いっきり楽しんで、自分の可能性を広げてくださいね!